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ARCHIVESプロジェクトレポート第5回「中野昭慶(特技監督)」

ARCHIVESプロジェクトレポート
第10回「小林哲也(照明)」

最年長スタッフとして
『Q』特撮現場を牽引
英二のビジョンも継承

清水節

清水 節 しみず・たかし

1962年、東京都生まれ。映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等での編集執筆を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」等で執筆、ニッポン放送等に出演。著書に「いつかギラギラする日  角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」等。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、国際エミー賞受賞。

(※本文敬称略)

円谷英二が、テレビ時代の到来を見越して起ち上げた円谷プロダクション。経験の浅い若手中心の制作会社であったのに、初めて手掛けた本格的な特撮テレビドラマ『ウルトラQ』は、なぜ劇場映画並みの作品となるに至ったのか。半世紀以上を経た「4K化」においても、35ミリフィルム撮影のクオリティは遺憾なく発揮された。脚本・演出・特撮はもちろんだが、東宝所属だったベテランカメラマンの画づくりとともに、語られるべきはライティングの妙だ。照明を指揮した、小林哲也の存在を忘れてはならない。

「映画はもう全部カラーになっていました。私は東京映画で“駅前もの”をやっていたので、『テレビへ行くの?』なんて言われてね」

東京映画は、1952年に東宝配給作品を制作するために設立されたプロダクションだった。豊田四郎監督の『春の囁き』や川島雄三監督の『青べか物語』を始め、良質な文芸映画を看板作品とする一方、喜劇映画でも注目された。その代表作が、森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺が出演する「駅前シリーズ」(全24作/1958~1969年)。60年代日本映画を牽引した、高度成長期の庶民の暮らしぶりが垣間見えるコメディだ(第1作のみ文芸路線)。この制作の現場で腕を磨いた小林には、特撮の経験は全くなかった。

照明以外の技術指導も
『Q』技術を引き上げる

「『ウルトラQ』を引き受けたのはいいけれど、照明スタッフがなかなか集まらない。当時、映画なら8人の助手が就くわけですよ。最初の頃は、本編と特撮は完全に分かれていなかった。途中から特撮班ってのが出来て、照明もきちっとやろうということになって、私が担当することになりました」