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ARCHIVESプロジェクトレポート第5回「中野昭慶(特技監督)」

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第11回「石坂浩二(俳優)」

重力に逆らって
浮かぶものを愛する
永遠のヒコーキ少年

清水節

清水 節 しみず・たかし

1962年、東京都生まれ。映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等での編集執筆を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」等で執筆、ニッポン放送等に出演。著書に「いつかギラギラする日  角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」等。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、国際エミー賞受賞。

(※本文敬称略)

2020年3月27日、1年間に及ぶ放送を終えたテレビ朝日の昼の帯ドラマ『やすらぎの刻(とき)~道』。倉本聰脚本による全248話の撮影の合間に、収録スタジオで俳優・石坂浩二に話を伺った。78歳にして本作の主演を務めた石坂は、新人時代にウルトラマンシリーズに出会った。慶應義塾大学法学部の3年生の頃、TBSディレクターの円谷一に声を掛けられ、『ウルトラQ』『ウルトラマン』のナレーターを務めたのだ。

石坂の多芸多才ぶりは、つとに有名だ。絵を描き、プラモデルを造り、料理の腕も見事で、翻訳もこなす。しかし本人は「大好きだと言えるものは、飛行機」であると公言し、2017年に上梓した「翔ぶ夢、生きる力 俳優・石坂浩二自伝」の後半の章は「私のヒコーキ人生」に割かれているほどだ。

『Q』の頃に一度だけ
円谷英二と話したこと

飛行機好きと言えば、特撮の神様・円谷英二を思い出さずにはいられない。1916年、英二は日本初のパイロット養成校、日本飛行学校の第一期生として入学したものの、同校が一機だけ所有していた飛行機が、訓練飛行中に墜落して教官が亡くなり、閉校するという憂き目にあう。その後、玩具会社を経て映画界に入った英二が、亡くなる直前まで企画を練っていた特撮映像作品は『ニッポン・ヒコーキ野郎』だった。そんな話を伝えると、石坂は「それは知らなかった。初めて伺いました」と目を丸くした。