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ARCHIVESプロジェクトレポート第5回「中野昭慶(特技監督)」

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第12回「黒部進(俳優)」

名匠に見出され
自然体を貫き通した
永遠のヒーロー

清水節

清水 節 しみず・たかし

1962年、東京都生まれ。映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等での編集執筆を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」等で執筆、ニッポン放送等に出演。著書に「いつかギラギラする日  角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」等。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、国際エミー賞受賞。

(※本文敬称略)

 演劇に興味を持って上京。大学在学中に小さな劇団に入ったものの、先は見えず、家賃滞納の果てにホームレスとなった黒部は、渋谷の映画館パンテオン(現在の渋谷ヒカリエ辺り)の前で靴磨きをしていた。1960年代の初め、その場所で運命の歯車は動き始める。ある日、上等な靴を履いた、身なりのいい初老の紳士が黒部の前に腰かけた。
「靴下に靴墨をつけてはいけないって、そればかり気になってね」
 すると紳士の方から話しかけてきた。
「『君は何をする青年だい?』って。実は芝居みたいなものをかじっているんですと答えると、『そうか。東宝でニューフェイスの募集をやるから、よかったら受けてみたらどうかね』って言われました。日付と場所を伺い、試験を受けに行ったのが、この世界へ入るきっかけだった」
 その紳士の名は、山本嘉次郎。創成期の映画界で俳優としてデビュー。やがて監督となり、東宝へ移籍。数々の名作を手がけ、監督本多猪四郎や女優高峰秀子などを育て上げた名匠として知られる。上層部の反対を押し切って、若き黒澤明を助監督として採用したのも山本だ。戦後は、面接で粗暴な態度だった三船敏郎を採用。住所不定の黒部の身元引受人を買って出た山本は、のちに初代ウルトラマンに変身する男も見出したことになる。

撮影現場に馴染まず
自然体で臨んだ日々

 青春文芸映画、アクション映画、特撮映画など、好青年から悪役までを経験し、やがて、当時は映画よりランクが低いものと見做されていたTVドラマの仕事が舞い込む。若き日の演技の話になると、黒部は自嘲気味だ。