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怪獣プロファイル

怪獣プロファイル
ケース16「ゴモラ」

秋廣泰生

秋廣泰生 あきひろ・やすお

1967(昭和42)年生まれ。鹿児島県出身。
1980年代後半より、円谷プロ製作部/営業部でウルトラマンシリーズや円谷プロ作品を収録した黎明期のビデオ、レーザーディスクの制作(本編映像完パケ/映像特典、封入解説書執筆ほか印刷物全般)を担当。以降、円谷プロ作品のCD制作(曲構成・封入解説書執筆)、DVD制作(映像特典構成・演出、封入解説書執筆)に携わる。
CSファミリー劇場にて放送された、当時のスタッフや出演者をゲストに作品を紹介していく番組『ウルトラ情報局』では全話の構成・演出を担当。
その他、『バラサでブースカ』『ウルトラマンボーイのウルころ』『ウルトラマン列伝』で番組の構成・演出を、『帰ってきたアイゼンボーグ』ではドキュメンタリーパートの監督を務めた。
現在も、ウルトラマンシリーズや円谷プロ作品のCD、DVD、Blu-rayほか封入解説書執筆や、映像特典制作、書籍の執筆などを手掛けている。

大阪城大破壊シーンへの熱意

 これは全く個人的な想像だが、ゴモラのネーミングは、ゴジラの“ゴ”、モスラの“モ”、ラドンの“ラ”と、それぞれ円谷英二監督が特殊技術を担当した、当時の東宝特撮映画の筆頭というべき三大怪獣の頭文字を合わせたものだと、もう40年以上そう思っている。そんな風に思うようになったきっかけは、小学校の高学年、第3期ウルトラマンブームの頃に遡る。無数に出版されたウルトラマンシリーズ関連の書籍は様々に趣向が凝らされ、撮影時のメイキングも度々紹介される様になっていった。その中でも目をひいたのが、ゴモラの登場する「怪獣殿下〔後篇〕」での大阪城破壊シーンが、“劇場映画並のスケールで撮影された”という趣旨で紹介されたことだった。この“劇場映画並のスケール”とは、まず精緻に再現された大阪城のミニチュア、そして圧巻の破壊描写(ならびに科特隊・自衛隊との攻防)であるのは言うまでもない。初放送から既に50年以上を経た令和の時代の視点で見ても凄い迫力だ。筆者のゴモラのネーミングについての想像も、そこに、円谷プロ特撮班に集う若いスタッフたちが、円谷英二監督に本気で挑戦しようとした、熱い気概を感じたからだったのである。