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日本人とウルトラマン

日本人とウルトラマン
第2回「怪獣の日本的精神」

中沢新一

中沢 新一(なかざわ しんいち)

1950年、山梨県生まれ。思想家・人類学者。明治大学野生の科学研究所所長。インド・ネパールでチベット仏教を学び、帰国後、人類の思考全域を視野にいれた研究分野(精神の考古学)を構想・開拓する。著書に『チベットのモーツァルト』、『森のバロック』『フィロソフィア・ヤポニカ』『アースダイバー』『カイエ・ソバージュ』シリーズ、『芸術人類学』『野生の科学』『大阪アースダイバー』『熊楠の星の時間』ほか多数。日本の各地における歴史や文化の生成を人文科学と自然科学の両観点から解き明かそうとする試みである「アースダイバー」プロジェクトや展覧会の監修など、多岐に渡る活動を展開している。

 『ウルトラQ』という作品について考えてみると、企画当初はアメリカのドラマを参考にしたミステリー仕立ての作品だったものが、テレビ局プロデューサーの意向で怪獣主体の番組へ方針転換したというエピソードがよく知られています。ここにはもちろん、視聴者である子供へ向けての方針転換という背景もあったでしょうが、その路線を貫いたことで「怪獣と日本人」という主題の持つ深い意味が読み取れるようになったと思います。前回、怪獣の根底にはカオスへの共感があるというお話をしましたが、そこにもつながる、日本の思想原理の重要な特徴が見てとれるのではないかと思うのです。それは、敗者への愛情という心性です。
 物語がはじまると、世界のバランスが崩れたアンバランス・ゾーンから怪獣が出現します。人間の側はこの怪獣と対決し、撃退しなくてはなりません。これは怪獣が敗れ去り、秩序が回復することが『ウルトラQ』の根幹的テーマであり、毎回の「お約束」だからです。しかし、回を重ねるにつれて、観ている子供の中に負けることを運命付けられた怪獣への共感と愛情が生まれていきました。
それだけ毎回の怪獣たちに語り尽くせぬ魅力が溢れていたことも要因ですが、この日本人が無意識的に内包している感性が半ば意図的に働くことによって『ウルトラQ』を怪獣ものとして大成功を得ることが出来たともいえるでしょう。『日本人とウルトラマン』というテーマを考える上で、ウルトラマンより前に怪獣がいた、怪獣が存在する世界はとっくに存在していたというのは、とてもおもしろいところです。今回はこの、「怪獣と日本人」、その精神的な部分について考えてみたいと思います。

「述語世界」の論理

 敗者への深い共感。そこには、日本人に特有の世界認識の方法があると思います。哲学者の西田幾多郎は、西洋と対比した東洋の思考の特徴を「述語世界」の論理として描き出してみせました。西洋の言語では主語が重要な意味を持ち、主語のまわりに述語が配置される形で、世界が形成されます。ところが東洋ではその逆、述語のほうが重要で、主語は述語の集積の中からまるでもののついでのようにして形成されていきます。特に日本語では、主語をたてない文でもルール違反とされません。日本の文化は、徹頭徹尾この「述語世界の論理」でつくられている。これは西田哲学のおこなった重大な発見のひとつです。主語はくっきりとしたフォルムを持ちます。