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TSUBURAYA GALAXY【レジェンド・インタビュー】第1回:「アーカイブスプロジェクト」とは何か

ARCHIVESプロジェクトレポート
第2回「栫井 巍(プロデューサー)」
怪獣路線へ変更の直談判
円谷英二と語り合ったのは、お互いの「夢」だった

清水節

清水 節 しみず・たかし

1962年、東京都生まれ。映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等での編集執筆を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」等で執筆、ニッポン放送等に出演。著書に「いつかギラギラする日  角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」等。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、国際エミー賞受賞。

(※本文敬称略)

「30分くらいなら」と、インタビュー撮影を了承した元TBSプロデューサーの栫井巍(かこい・たかし)は、一気に2時間語り尽くした。全く年齢を感じさせない、鮮明な記憶と精力的な語り口。海軍兵学校時代の話から、1952年にラジオ東京に入社し、55年に同局のテレビ部門KRT(現在のTBSテレビ)の開局とともに異動して、ドラマのディレクターを務めていた頃の話へ。武田薬品提供による夕方5分の帯ドラマ『サザエさん』の演出を担当。そしてプロデューサーとなり、『ウルトラQ』を成功させて『ウルトラマン』を企画するまで。日本のテレビ黎明期の貴重な証言を、『ULTRAMAN ARCHIVES』ビデオグラムのノンフィクション「Premium Talk」のたった1回に、ほんの数分しか反映させないのは忍びなく、『ウルトラQ』編 全4回に分けて連載収録中だ。それでも、編集からこぼれ落ちてしまう話がある。

 そこで、ここでしか読めないエピソードを紹介しよう。円谷英二が購入した最新合成機オプチカル・プリンターの代金を肩代わりすることで始まった、円谷プロのTBSとの密接な関係。1964年9月、TBSは円谷プロの企画脚本担当・金城哲夫によってまとめられた企画『UNBALANCE(アンバランス)』にGOサインを出し、円谷プロは制作に入る。それは、人気を博していたアメリカ製テレビドラマ『ミステリー・ゾーン』の影響下にある、1話完結形式のSFアンソロジーだった。

SF的な画の難しさを
実感したディレクター時代

 クランクイン後、プロデューサーに任命された栫井は、日曜夜7時の武田薬品提供の通称“タケダアワー”の枠を想定し始めた時点で、この企画の弱点を補わねばならないと考えた。もっと深い時間ならば「SF路線」もあり得るが、子供たちにも親しまれている時間帯である以上、円谷特撮の魅力を最大限に生かす「怪獣路線」へと舵を切る必要があると心に決めたのだ。
「金城君は、みんなの意向を汲んで、バラバラだった声をうまくまとめ上げました。自然界のバランス、人間社会のバランスが崩れたら、一体どうなるだろう?と。アイディアはカッコいい。しかしテレビ番組の題材としては、画にして面白いことが大切でしょう」