TEXT SIZE

標準
TSUBURAYA GALAXY【レジェンド・インタビュー】第1回:「アーカイブスプロジェクト」とは何か

ARCHIVESプロジェクトレポート
第3回「飯島敏宏(監督・脚本家)」
ケムール人の“走り”の原点は、
「東芝日曜劇場」の怪作『赤西蠣太』だった!

清水節

清水 節 しみず・たかし

1962年、東京都生まれ。映画評論家・クリエイティブディレクター。「PREMIERE日本版」「STARLOG日本版」等での編集執筆を経て、「映画.com」「シネマトゥデイ」「FLIX」等で執筆、ニッポン放送等に出演。著書に「いつかギラギラする日  角川春樹の映画革命」「新潮新書 スター・ウォーズ学」等。WOWOWのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW/撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、国際エミー賞受賞。

(※本文敬称略)

 ケムール人の魅力とは何だろう? 「ULTRAMAN ARCHIVES」ビデオグラムの第1弾、『ウルトラQ』の飯島敏宏監督作品「2020年の挑戦」は、半世紀以上前から今現在を捉え、くしくも2度目の東京オリンピック開催年を見据えることになった作品だ。脚本の執筆と撮影は、前の東京オリンピックの翌年である1965年。医学の驚異的な発達で長寿が可能になった近未来のケムール星だったが、星の民はフィジカルの衰えには抗(あらが)いようもなく、若く健康な身体を求めて、現代の地球にやってくる。高度経済成長期の日本、というよりも、20世紀中頃の地球上で、発展著しい科学技術のメタファーであり、高齢化社会の悲劇をアイロニカルに捉えたこの名編は、今現在を射るテーマ性もさることながら、制作のビハインドも実に興味深い。

 本作を普遍化させたファクターとして、キャラクターのインパクトが挙げられる。特撮の美術総監督・成田亨が、古代エジプト絵画のシンクロナイゼーション技法を用い、3つの表情を集約して表現した、ケムール人の頭部デザインは言うまでもない。さらに、高速の宇宙人を語る上で、あの“走り”は欠かせない。大きな歩幅で踏み出したかと思うと、不気味な笑い声のような音声を発しながら、背後から猛スピードで追いかけてくるパトカーの前を悠然と走る映像は、今なおイマジネーションの豊かさに驚かされる。

 飯島監督は、「大気汚染が進んで空気の重い2020年の地球人が、空気の軽い1965年の地球で走る姿」をイメージしたという。かつてこの特撮は、スタジオの背景にスクリーンを用意して、首都高を走るパトカーの映像を投射し、その前をケムール人が走る格好をした姿と一体化させて撮る「スクリーンプロセス」だったと紹介されたこともあるが、正しくは、オプチカル・プリンターを用いてフィルムを重ね合わせた「ブルーバック合成」だった。

当初はローラースケートを履いて
滑っていくイメージを考案

 完成した映像はともかく、飯島監督の当初のアイデアは、全く異なるものだった。滑るような大股走りは、当時アメリカで流行していたローラースケートにインスパイアされたものだ。「路上のカフェで、ウェイターがローラースケートを履いて、スー、スーっと走っていくイメージ」で撮影する予定だったのだ。当時飯島は、ニュース映画で観て発想した。1962年のアメリカの田舎町の青春群像を描いたジョージ・ルーカス監督作品『アメリカン・グラフィティ』(1973)で、そうした給仕風景を確認することができる。