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怪獣プロファイル ケース2「ガラモン」

怪獣プロファイル
ケース6「カネゴン」

秋廣泰生

秋廣泰生 あきひろ・やすお

1967(昭和42)年生まれ。鹿児島県出身。
1980年代後半より、円谷プロ製作部/営業部でウルトラマンシリーズや円谷プロ作品を収録した黎明期のビデオ、レーザーディスクの制作(本編映像完パケ/映像特典、封入解説書執筆ほか印刷物全般)を担当。以降、円谷プロ作品のCD制作(曲構成・封入解説書執筆)、DVD制作(映像特典構成・演出、封入解説書執筆)に携わる。
CSファミリー劇場にて放送された、当時のスタッフや出演者をゲストに作品を紹介していく番組『ウルトラ情報局』では全話の構成・演出を担当。
その他、『バラサでブースカ』『ウルトラマンボーイのウルころ』『ウルトラマン列伝』で番組の構成・演出を、『帰ってきたアイゼンボーグ』ではドキュメンタリーパートの監督を務めた。
現在も、ウルトラマンシリーズや円谷プロ作品のCD、DVD、Blu-rayほか封入解説書執筆や、映像特典制作、書籍の執筆などを手掛けている。

痛快さというオブラートに包んだドラマに
秘められたメッセージ

 筆者が高校生の頃、1980年代中盤のエピソードなのだが、当時「おニャン子クラブ」が一世を風靡していた。現在のAKBグループの原典と言っていいのではないかと思う、多人数編成による女性アイドルグループの登場はインパクト絶大で、テレビにラジオに雑誌に日常に、話題にのぼらない日はなかったのではないだろうか。もちろん、多人数の中からビビっとくる目当ての女の子に熱烈な声援を送るファンの動きもヒートアップしていたが、個人的には、これだけ多人数だと歌番組でのカメラワークがたいへんだよなぁ…という思いの方が強かった。今にして思えば、カメラのレール移動やクレーンでの上下動、頻繁なスイッチングによるメンバーのアップの切り替えは当たり前だった様な気がする。
 そんな一方で、中には人数が多すぎて、誰が誰だか見分けがつかないという声もあった。確かに、一斉に同じ歌を同じ振り付けでパフォーマンスを行っているのだから、意中の女の子を追い掛ける意識でもなければ、全体像でしか捉えられなくなるよなぁと感じていたのだが、そんな頃にカネゴンの事件は起こった!
 この当時も2、3歳の頃に買ってもらったブルマァク製カネゴンのソフトビニール人形・スタンダードサイズが手元にあって、これは母方の祖父から買ってもらったことや、母にとっても、いわゆるゴジラ型と言うべき正統派怪獣然とした姿ではなく、愛嬌のある顔付きだった事もあるのだろう、母が唯一、名前を覚えていた怪獣だった。参考までに父の場合は、映画青年だったことからゴジラ、ラドン、モスラ、キングギドラなどは、出演作の面白さと共に印象的な怪獣であったとのことである。
 さて、カネゴンの特徴と言えば、頭からチョコンと飛び出した目玉があると思うのだが、母にとっても、まさにこれがカネゴンを認識するポイントだった様だ。あまた出版されていた怪獣図鑑の類いの中にみるカネゴンも、やはり目玉は象徴的だったし、ソフビ人形の原型師やメーカーのプランナーの方々も、玩具的なポイントとして可愛らしく仕立てていったのだろうと思う。
 ところが、そのイメージが強すぎたのか?母は頭に目玉らしき物が飛び出している怪獣は、みな“カネゴン”と呼んだのだ! ガンダーもギララも、全部“カネゴン”である。本当の話である(笑)。