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日本人とウルトラマン

日本人とウルトラマン
第7回 ウルトラマン誕生―日本的超越性

中沢新一

中沢 新一(なかざわ しんいち)

1950年、山梨県生まれ。思想家・人類学者。明治大学野生の科学研究所所長。インド・ネパールでチベット仏教を学び、帰国後、人類の思考全域を視野にいれた研究分野(精神の考古学)を構想・開拓する。著書に『チベットのモーツァルト』、『森のバロック』『フィロソフィア・ヤポニカ』『アースダイバー』『カイエ・ソバージュ』シリーズ、『芸術人類学』『野生の科学』『大阪アースダイバー』『熊楠の星の時間』ほか多数。日本の各地における歴史や文化の生成を人文科学と自然科学の両観点から解き明かそうとする試みである「アースダイバー」プロジェクトや展覧会の監修など、多岐に渡る活動を展開している。

 多神教の『ウルトラQ』から一神教的な『ウルトラマン』へ。
「ウルトラ世界」はここに大転換をとげることになります。『ウルトラQ』の世界には明瞭な悪の概念はありませんでした。正義や善が確たるものとして定まっていなかったからです。善と悪は互いに浸透しあい、コスモスとカオスは「カオスモス」として混じりあっていました。ところがそこに超越的な正義の存在があらわれ、善と悪、コスモスとカオスをはっきりと分離するようになると、「ウルトラ世界」の様相は一変してしまいます。怪獣という存在の意味も変わってきます。それと戦う人間たちの意識も変わります。「ウルトラ世界」にはまぎれもない進化が起こったのです。
 『ウルトラマン』の企画は、1965年、まだ『ウルトラQ』の放送が始まる前から準備がはじまっています。もとになったのは、『ウルトラQ』と前後して企画されていた作品『WоО』のアイデアだったと言われています。この番組には人間に友好的で、協力して事件を解決する宇宙人、WоОが登場することになっていました。この人類に手を貸す宇宙人のアイデアに再度スポットを当て、『ウルトラマン』の前身企画、『科学特捜隊ベムラー』が生まれました。人類の味方となる宇宙生物、ベムラーの最初の姿は、半人半鳥のような姿で描かれています。烏天狗にそっくりだという意見が出されたり、敵の怪獣との区別がつけにくいなどの理由で、結局この企画はボツになり、つぎの『科学特捜隊レッドマン』の企画へと引き継がれることになりました。レッドマンは「甲冑を思わせるような赤いコスチューム」を着た謎の男(宇宙人)として設定されましたが、もっとシンプルでインパクトのある、「鉄仮面」のような造形を、などの要望が取り入れられていくうちに、ついになめらかで流線型のフォームを描くウルトラマンの造形へと変化していくことになったと言われています。

 ウルトラマンの美術造形を行なった成田亨さんは、後年著作の中で、怪獣のデザインはカオスを表現し、ウルトラマンはコスモスの理念を造形していく意図があったと述べられていますが、この両者を明確に分離することによって、ウルトラマンとはまさにコスモス的な秩序の理念の表現になっていました。コスモスとカオスの分離は多神教の世界観の中でも表現されていますが、そうして分離されたコスモスに超越的な意味づけをおこなって、世界に善と正義をもたらす一神教的存在としてウルトラマンは造形されています。このことは、まるで人類の宗教史に起こったことをなぞっているようではありませんか。
 しかもそこには、造形をとおして表現された日本人の精神史が、あざやかに示されています。日本人はコスモスの理念の体現者に、ユダヤ人や西洋人の一神教の神のような考えを込めることをしませんでした。カオスの原理の対抗者ではなく、カオスの原理を包摂していくような優しさや慈悲を持った超越者として、コスモスの理念を表現しようとしてきました。そのことがウルトラマンの造形にはまざまざとあらわれされています。ウルトラマンという存在自体が、日本人の思想の表現になっていると感じるのは、私だけでしょうか。<